懊悩煩悶ブログ

物欲にまみれたサラリーマンの悪戦苦闘記録

残業ゼロに対する違和感

あくまで残業代が満額支払われることが大前提ですが、私は残業にネガティブなイメージを持っていません。若い頃は仕事がたくさんあったので、目一杯残業しました。残業代をたくさん稼いでまとまったお金ができました。

 

残業して、難しい仕事を納期までに終わらせた時には、体は疲労しているのですが気分はすごく充足感に包まれて幸せでした。

 

適度な残業も悪くないものです。しかしブログを本格的に書いていこうとする時、ある程度はプライベートの時間を確保したい。必然的に残業(私は管理職なので残業の概念は無く、長時間労働の意味です)は抑止する必要があります。

 

今のところ、幸か不幸か会社の業績がパッとしないのであまり忙しくなく、やっても定時プラス1時間程度の長時間労働です。

 

これが人事移動などで忙しい部署に移ったら、昔のように夜10時に帰宅、ということになるのでしょう。それはそれで(仕事があって、リストラされないということですから)受け入れる心の準備があります。

 

さて、ここから本題です。世の中に残業ゼロを標榜するブログが数多くあって、効率的に仕事をこなして定時で帰ってハッピーになろうという、まことに結構な主張なのですが、一部彼らの言っていることに、私が引っかかるものがあります。

 

彼らは「自分がしなくてもよい仕事は同僚にやってもらおう」「自分が苦手な仕事も同僚に頼んでやってもらおう」「自分は自分だけにしかできない仕事に集中しよう」というようなことを言います。

 

なぜ自分が、仕事を投げる側の前提なのでしょうか。自分が定時で帰るために、忙しいであろう同僚に仕事を投げて、同僚が残業するはめになるのはオーケーということなのでしょうか。自分が仕事を投げられる側になることは想定していないのでしょうか。自分の仕事は自分でやろう、と思います。

 

自分は定時で帰りたいから、仕事を他人に投げるような人は、ビジネスパートナーと見なせませんよね。仕事を投げられても「今忙しいから無理」と拒否します。この辺が、残業ゼロブロガーの人たちの心理がわからないところです。

 

ただし、他人に仕事を投げられても嫌われない方法があります。それは「儲かる口をよそから引っ張ってこれる人材」になることです。儲けの口を作れる人は、それ以外の仕事を他人に投げて、定時で帰宅しても誰からも文句は言われません。こういうことができる人材になってから残業ゼロを主張したいものです。

 

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20数年前、地方の工場へ出向していた時のことです。生産ラインに「僕は残業しません」と周りに宣言する従業員がいました。文字通り、言われたことだけを言われたようにするだけの人間で、ラインが忙しかろうが何だろうが、上司が頼もうがどうしようが、頑として定時帰宅を強行していました。こういう人が首を切られないのも日本企業の良いところです。

 

ついに周りもさじを投げて、彼が定時で帰るのを前提でローテーションを組むようになりました。残業ゼロを達成するには、こういう人生もありです。

 

私は数年で出向から復帰して、それ以来彼とは会っていませんが、何度かあったリストラの波をくぐり抜けて、現在も工場で働いているようです。ただし、当然平社員もままです。つまり給料は上がっていないはずです。あまりお勧めできないケースですが参考までに。

 

それではまた。