懊悩煩悶ブログ

物欲にまみれたサラリーマンの悪戦苦闘記録

明智光秀ファンです

2020年のNHK大河ドラマは、明智光秀を主人公にした「麒麟がくる」というタイトルになるようです。光秀ファンとしてはうれしい限りで、今から2020年が楽しみです。

 

明智光秀のどこが魅力的かというと、行政手腕もあり、軍事的統率力もあり、文化芸能にも通じた万能選手であった点が私は大好きです。目標にしたいです。

 

光秀は長らく主君信長を弑逆した、大逆の謀反人という扱いをされてきました。しかしここ30年ぐらいは、信長が非常識なパワハラ野郎で、光秀は信長に振り回される可哀そうな人というイメージになってきました。でも、それも私が持つイメージとは違うんですね。

 

信長のところに出入りしていたポルトガル人宣教師のルイス・フロイスが、光秀について評した一節がよく知られています。曰く、裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で独裁的であったが、他人にはそう思わせない抜け目なさがあり、計略と策謀の達人であった、となかなかダークです。

 

キリスト教の宣教師であったフロイスの言うことですから、キリスト教に冷淡だった光秀のことを言うに、かなりバイアスがかかっていて、どこまで信用してよいやら、とは思いますが、頭が良くて知恵が回る人だったのは間違いないでしょう。

 

光秀にはたくさんの逸話が残されています。特に有名なものが、正室・妻木煕子に関するものでしょう。煕子は、疱瘡にかかり、顔に醜い痘痕ができてしまいますが、光秀は気にせずに娶った話、生活が困窮していた時期に、煕子が黒髪を売ってお金を作った話、居城を攻められた時に、光秀が身重の煕子を背負って山を降って逃げた話、煕子が存命中は側室を持たなかった話、などなど愛妻家であったエピソードに事欠きません。

 

また、ものすごい怪力の持ち主だったとも、百発百中の射撃の腕前だったとも伝わっています。こういう、人物像が複雑なところも光秀の魅力です。

 

私が、光秀にまつわる逸話で最も好きなのが、戦況レポートにまつわるものです。信長は日本の各方面に軍団を派遣して、日本全土を制圧しようとします。重臣たちは軍団長として各地方の攻略を指揮します。羽柴秀吉中国地方柴田勝家北陸地方滝川一益は関東地方、そして光秀は丹波地方、という具合。

 

軍団長は攻略の進捗状況を戦況レポートにまとめて、安土城にいる信長に送付します。信長は光秀の戦況レポートを読んで、感嘆してこう言います「まるで自分がその場にいるかのように、手に取るように状況がよくわかる!」

 

光秀の文才が際立っていることを表すエピソードですね。私もそんな文章を書きたいなぁと思っています。

 

何はともあれ、2020年を楽しみに待ちましょう。

 

それではまた。

カシオPB-100の思い出

私が高校/大学には行かずに高専に進んだことは、先のエントリーで述べました。

 

入学前、学校案内のパンフレットを見ると、学内にコンピューター棟という建物があるじゃないですか! よし、コンピューターを思う存分触れるぞ、とSF少年だった私は胸を踊らせました。

 

しかし、その期待は入学後に幻滅へと変わります。コンピューター棟に置かれていたのは、東芝のTOSBACというミニコンでした。40年近く前の時点で、すでに旧式の代物でした。

 

空調の効いたガラス張りのマシンルームに鎮座しているそのコンピューターは、正面パネルにチカチカ点滅するランプ、ダイヤル、トグルスイッチがたくさん並んだ、昔の特撮ドラマに出てくるレトロ風味のマシンで、なかなか格好良かったです。それは良いのですが、情報処理の授業の時間以外は、学生は自由に操作することを禁じられていました。

 

また、その情報処理の授業自体もかなりつまらないものでした。Fortranという言語で、ニュートン法やルンゲ・クッタ法といった数値計算プログラミングをやるのですが、先生がろくすっぽプログラミングの技法を教えてくれないのです。ただソースコードを黒板に書くだけ。学生はそれをノートに写してパンチカードに打ち込み、カードリーダーで読み込ませてラインプリンターに打ち出す、という機械的作業をやるだけ。それじゃ全然面白くないですよね。

 

ということで、高専時代の中頃までは、コンピューターの面白さを感じることはありませんでした。

 

しかし、ある時大きな文房具店の店先に、カシオのPB-100というポケットコンピューターが飾られているのを見かけた時から、状況が変わり始めます。

PB-100 - Wikipedia

PB-100は、アルミ製のスタイリッシュでスリムな横型筐体の、文字通りポケットに入れられるコンピューターでした。しかも定価は14,800円という低価格。実売は10,000円ぐらいだったと思います。貧乏でパソコンが買えない私でしたが、家庭教師のアルバイトなどで多少金回りが良くなったため、これなら手が届きます。

 

PB-100はBASICという言語を搭載しています。しっかり製本された分厚いBASICの解説本も添付されており、独学でプログラミングを学べます。PB-100を手に入れた私は、さっそくBASICプログラム作りに熱中します。夜中までかかって、野球ゲームやスターウォーズゲームなどを自作して楽しんでいました。

 

PB-100は液晶表示部が1行しかなく、BASICのエディターも使い勝手が今ひとつでしたが、そんなことはおかまいなしにプログラム作りに没頭します。

 

もちろん、高専の授業で必要なデータ処理や数値計算にも威力を発揮します。その場でサクサクとプログラムを作り、パッパッと計算を行って実験レポートにまとめるといったことが可能になりました。また、プログラミングだけでなく、簡易的な関数電卓としても使うことができたため、学生生活になくてはならない相棒となりました。

 

PB-100を思う存分いじり回したことで、私のコンピューター所有欲は満たされました。プログラミングという知的活動を、手のひらの上に乗るコンピューターで行うことができる。とても興奮したのを覚えています。

 

プログラミングに熱中することで、あれ、俺はこのまま高専を卒業して就職したら、プログラマーになるんじゃね? と漠然と思い始めました。そのあたりの話は、エントリーを改めて記したいと思います。

 

それではまた。

しゃべりたい奴にはしゃべらせる

サラリーマンを長くやってきて、数多くの上司・同僚・部下と接してきました。その中でひとつつかんだ、対人関係を円滑に進める簡単なコツがあります。「しゃべりたい奴にはしゃべらせる」です。

 

人間は、「とにかくしゃべりたい奴」と「できればしゃべりたくない奴」の2種類に大別できます。しゃべりたがる奴の口を塞ぐと、そいつはとたんにストレスを溜め込み始め、イライラして怒りを爆発させるようになります。

 

例えばおしゃべり好きの上司が、説教なり自慢話なりの長広舌をふるい始めたら、部下であるあなたは、決してそれをさえぎったりしてはなりません。仕事に関係のない、つまらないおしゃべりに延々と付き合わされてかなわない、などと内心思っていても、顔はニコニコして相槌を打ち、気持ちよく最後までしゃべらせてあげましょう。そうすることで、上司は上機嫌になります。もしおしゃべりの腰を折るようなことをしたら、その上司はあなたを恨むはずです。

 

同じことが部下の扱いにも言えます。例えばグループミーティングの席上、しゃべりたがりの部下には、話を振って、水を向けてやり、思う存分しゃべらせるのです。上司であるあなたへの愚痴や不平不満ばかりをまくしたてるかもしれませんが、そこは我慢して気の済むまでしゃべらせましょう。そうすることで部下は満足します。もし話の腰を折ったら、その部下は怒りをつのらせ、長く根に持つことになるでしょう。

 

大切なのは、相手がしゃべりたがり屋かそうでないかを見抜いて適応することです。しゃべりたがり屋は前述の対応でOKですが、しゃべりたがらない上司・しゃべりたがらない部下には逆の対応が必要です。すなわち、無理にしゃべらせようとすると彼らは強いストレスを感じます(私がそうです)。無理にしゃべらせるのではなく、例えばメールの文章で報告させるようにするなどの配慮が必要です。まあ、ビジネスシーンで口が重いのはデメリットばかりなので、おしゃべりになる訓練も大切ですが。

 

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私がこのコツに気づいたのは、かつて部下だった人間に、長い間満足にしゃべる場を与えないでいたために、最後の最後で「あなたは最低の上司だ」と告白された、という失敗からでした。その部下とは喧嘩別れのようになってしまいましたが、実に苦い苦い経験でした。そういう経験を踏まえて、少しだけ成長したわけです。

 

それではまた。

残業ゼロに対する違和感

あくまで残業代が満額支払われることが大前提ですが、私は残業にネガティブなイメージを持っていません。若い頃は仕事がたくさんあったので、目一杯残業しました。残業代をたくさん稼いでまとまったお金ができました。

 

残業して、難しい仕事を納期までに終わらせた時には、体は疲労しているのですが気分はすごく充足感に包まれて幸せでした。

 

適度な残業も悪くないものです。しかしブログを本格的に書いていこうとする時、ある程度はプライベートの時間を確保したい。必然的に残業(私は管理職なので残業の概念は無く、長時間労働の意味です)は抑止する必要があります。

 

今のところ、幸か不幸か会社の業績がパッとしないのであまり忙しくなく、やっても定時プラス1時間程度の長時間労働です。

 

これが人事移動などで忙しい部署に移ったら、昔のように夜10時に帰宅、ということになるのでしょう。それはそれで(仕事があって、リストラされないということですから)受け入れる心の準備があります。

 

さて、ここから本題です。世の中に残業ゼロを標榜するブログが数多くあって、効率的に仕事をこなして定時で帰ってハッピーになろうという、まことに結構な主張なのですが、一部彼らの言っていることに、私が引っかかるものがあります。

 

彼らは「自分がしなくてもよい仕事は同僚にやってもらおう」「自分が苦手な仕事も同僚に頼んでやってもらおう」「自分は自分だけにしかできない仕事に集中しよう」というようなことを言います。

 

なぜ自分が、仕事を投げる側の前提なのでしょうか。自分が定時で帰るために、忙しいであろう同僚に仕事を投げて、同僚が残業するはめになるのはオーケーということなのでしょうか。自分が仕事を投げられる側になることは想定していないのでしょうか。自分の仕事は自分でやろう、と思います。

 

自分は定時で帰りたいから、仕事を他人に投げるような人は、ビジネスパートナーと見なせませんよね。仕事を投げられても「今忙しいから無理」と拒否します。この辺が、残業ゼロブロガーの人たちの心理がわからないところです。

 

ただし、他人に仕事を投げられても嫌われない方法があります。それは「儲かる口をよそから引っ張ってこれる人材」になることです。儲けの口を作れる人は、それ以外の仕事を他人に投げて、定時で帰宅しても誰からも文句は言われません。こういうことができる人材になってから残業ゼロを主張したいものです。

 

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20数年前、地方の工場へ出向していた時のことです。生産ラインに「僕は残業しません」と周りに宣言する従業員がいました。文字通り、言われたことだけを言われたようにするだけの人間で、ラインが忙しかろうが何だろうが、上司が頼もうがどうしようが、頑として定時帰宅を強行していました。こういう人が首を切られないのも日本企業の良いところです。

 

ついに周りもさじを投げて、彼が定時で帰るのを前提でローテーションを組むようになりました。残業ゼロを達成するには、こういう人生もありです。

 

私は数年で出向から復帰して、それ以来彼とは会っていませんが、何度かあったリストラの波をくぐり抜けて、現在も工場で働いているようです。ただし、当然平社員もままです。つまり給料は上がっていないはずです。あまりお勧めできないケースですが参考までに。

 

それではまた。

 

パソコン少年になりたかった

今日は思い出話です。

 

よくあるベタなシチュエーションで、ニューヨークに住む音楽好きの貧しい黒人の少年が、トランペットが欲しい、でもお金がなくて買えない、楽器屋のショーウィンドーに飾られたピカピカのトランペットを眺めて、うらめしそうにため息をつく、なんていうものがあります。

 

私も似たような経験があります。少年時代、私が欲しかったのはトランペットではなくパソコンでした。元々SF小説が好きで、乏しい小遣いを早川や創元のSF文庫を買うのに費やしていました。小説に出てくるコンピューターって格好いいなぁ、俺もコンピューターを操作したい、そんな思いを強くしていました。

 

中学生のころ、NECPC-8001を筆頭に、いくつかの8ビットパソコンが世の中にありましたが、システム一式を買うと何十万円もします。実家がとても貧乏だった私には到底出せる金額ではありません。

 

そんな中、ちょっとだけ割安だった日立のベーシックマスターLevel3というパソコンがありました。割安と言っても本体だけで20万円します。そのベーシックマスターが近所の日立の家電店のショーウィンドーに飾られていました。通学途中、そのベーシックマスターを眺めては、欲しい、けど買えない、ハーッとため息をつく毎日でした。当時はパソコンを操作したいというか、プログラミングをやりたいという思いが強かったです。

ベーシックマスター - Wikipedia

 

ある日、中学の裕福な級友が「パソコンを買ってもらったから見に来いよ」というので、その子の家に行ってみると、机の上にシャープのMZ-80Bが置いてありました。

MZ-80 - Wikipedia

 

MZ-80Bは本体とディスプレイと外部記憶装置であるカセットテープドライブが一体となった、オールインワンパソコンです。

 

その級友は、マイコンBASICマガジンに掲載されていた月着陸船ゲームのソースコードをMZ-80Bに打ち込んでおり、僕たちにプレイさせてくれました。今から思えば他愛無いゲームなんですが、当時の私は感激至極でした。いいなーいいなーパソコン欲しいなー、とさらに思いを強くすることになります。しかしMZ-80Bも30万円ぐらいします。生活の苦しい親に「パソコン買ってくれ」なんて言ったらぶっ飛ばされます。

 

パソコンは買えない代わりに、「マイコンBASICマガジン」を買ってきては記事を読んで無聊を慰める毎日でした。そのマイコンBASICマガジンのある号に、「シンクレアZX81」というホームコンピューターが紹介されていました。

シンクレア ZX81 - Wikipedia

 

安い!ZX81は3万円か4万円ぐらいです。ディスプレイは家庭用のテレビ(当時当然ブラウン管)を利用する小型コンピューターです。これなら買えるんじゃないか、と胸をときめかせましたが、記事のレビューではどうもネガティブな意見が多かったです。曰く、メモリが1キロバイト(!)しかなく容量が狭すぎる、曰く、さすがに(当時の)テレビに文字を表示するのは品質が低すぎて実用に耐えない……。それ以前に私が住んでいた田舎では、ZX81はどこにも売っていませんでした。

 

結局、私のパソコン欲しい欲しい病が何で収まったかというと、高専生だった時に買ったカシオのPB-100というポケットコンピューターでした。PB-100については稿を改めます。今日はこのへんで。思い出話ばかりですみません。

FX-602Pの思い出

私は、高校/大学へは進学せず、高専へ進みました。実家が経済的に苦しかったため、お金のかからない高専を選びました。

 

高専は理系ですから、授業で関数電卓が必要になります。うちは貧乏だったのでシャープの一番安いやつを買いました。それでも6,000円ぐらいしたかな。ごくごく基本的な機能しか付いていない関数電卓でしたが、実用には困ることはありませんでした。

 

級友たちも貧乏な子ばかりなので、皆一様に安い関数電卓を使っていました。

 

ところが、一人だけ、カシオのFX-602Pという高価なプログラム関数電卓を持っている級友がいました。母子家庭の子で、そんなに裕福なはずはないのですが、定価で29500円もするブツを持っていて、ちょっと謎でした。

FX-602P - Wikipedia

 

FX-602Pは、それはそれはイカした関数電卓でした。ドットマトリクスの液晶でアルファベットも表示できるというのは、他にはない機能でした。プログラミングに使うキーがたくさん付いていて、ガジェット好きな男の子にはたまらない逸品でした。外装もアルミニウムでできており、今の電卓のプラスチッキーな安っぽさはなく、高い質感を持っていました。

 

プログラミング機能は、今から見ると原始的ですが、当時はとても機能の高いものでした。マイコンBASICマガジンに、トランプゲームのソースコードが載っていたりしました。件の級友も、ゲームソフトを入れてみんなに見せびらかしていました。

 

その級友に少しFX-602Pを触らせてもらい、ああ、いいなあ、欲しいなぁとジリジリ焦がれる物欲を感じましたが、定価29,500円では貧乏な私には手が出ません。指をくわえて見ているだけでした。

 

でも欲しい、手のひらに乗る電卓でプログラムが組めるなんて、まるでSFじゃないか、と当時思っていたものです。

 

ファンサイトによると、FX-602Pは1989年ごろまで販売されていたようです。ということは、社会人になってからでも買うことはできたわけですね。現在はもちろん現品の入手は困難ですが、iPhone/iPad用にFX-602P simというシミュレーターアプリがリリースされています。360円。普段づかいの電卓としても使えるな、と手持ちのiOSマシンにインストールして使ってみました。ううーっ、青春の甘酸っぱい思い出がよみがえります。懐かしい。しかしマニュアルが無いので、プログラムを組むことができません。

 

App Storeのコメントによると、カシオに問い合わせるとマニュアルのコピーが入手できるらしい。ホントかな。また海外のサイトから英語版のマニュアルのPDFがダウンロードできますが、これが法的にOKなのかどうかはよくわかりません。カシオに問い合わせてみるか……。

 

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恋い焦がれていたFX-602Pですが、実は結局購入することはありませんでした。高専在籍中はどうしたかというと、FX-602Pの次に、FX-602Pに並ぶエポックメーキングなガジェット、カシオのPB-100というポケットコンピューターに心奪われていたのです。

 

PB-100についてはエントリーを改めて書きたいと思います。

 

それではまた。

リアルなリストラの恐怖

4月は会社の新年度ということで、この時期「ああ、一年なんとか会社の中で生き残れた」とホッとする反面、「次の一年を生き延びられるだろうか?」と不安になります。

 

日本は少子化が進み、人手不足があちらこちらで起こっているので、会社を首になることはないだろう、と2年前までは考えていました。しかし昨年あたりから「ちょっとヤバいかも」と思い始めました。

 

客観的に見ると、私はリストラの歯牙にかけられる可能性が極めて高いです。要因をリストアップすると、

  • うつ病による休職経験あり
  • うつ病により仕事のパフォーマンスが上がっていない
  • うつ病により仕事を休みがち
  • 労働組合の庇護が受けられない、課長という木っ端管理職
  • 直接会社に利益をもたらさない、いわゆる間接部門に在籍
  • 会社の業績が今ひとつ不振

うつ病のせいにしたくはないのですが、これだけの条件が揃っていたら、リストラ赤信号だろうと思います。少子化による人手不足が顕在化しようがどうしようが、企業は必要となったら容赦なくリストラをやります。私も首を洗っておく覚悟が必要なようです。

 

そんな意味もあって、今月号の日経ビジネスアソシエはタイムリーでした。別冊付録に「職場で”いらない人”にならないために 味方を増やし敵を減らすビジネスサバイバルBOOK」がついています。ここで詳しくは内容を述べませんが、ひとつだけ紹介します。

  • 上司が誰に任せるか迷っていたら「私がやります」と笑顔で手を挙げる

とあります。なるほど、納得する内容です。まあ直属上司がリストラの対象者を決めるわけではないのですが、人事評価は上げられますよね。

 

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日本航空JAL)・シャープといった大企業が、会社存亡の瀬戸際に立たされるほどの業績不振からV字回復を成し遂げました。成功の要因にはトップが変わった(JAL稲盛和夫が会長就任、シャープは鴻海傘下になった)のもありますが、もうひとつ、大出血を伴う非情なリストラ(要らない人材の大量首切り)をやりきったという面も忘れてはなりません。リストラは必要悪です。それは私も理解しています。

 

うちの会社も、業績がパッとしないのでV字回復して欲しいところですが、リストラの対象になるのは勘弁、というのは虫が良すぎますね。今のところは危機感を持って、人事評価を少しでも上げられるようがんばるのみです。あと、会社を休まないようにしたいです。

 

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リストラでいきなり着の身着のまま路上に放り出されるのは願い下げですが、会社が「退職金をN000万円上積みするから、やめてくれない?」と言ってきたらどうしますか? Nには1から9までの自然数が入ります。私の場合、N=3以上で心が揺らぐかもしれません。リストラは怖く、会社に愛着がある反面、日々の仕事がしんどいのも事実なので、楽になりたいという意識もちょっとだけあります。

 

もしかしたら、半年後には会社を辞めてプロブロガー()になる、とか言い出すかもしれません。

それではまた。